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 西郷南州・勝海舟会見の図

 田町薩摩邸(勝・西郷の会見地)

 薩摩屋敷跡の碑

 東京タワー

 

西郷南州・勝海舟会見の図

田町駅 壁画(西郷南州・勝海舟会見の図)1868年(慶応4年)、西郷隆盛と勝海舟が江戸城無血開城の話し合いをした屋敷があった、ということを記念して作られた「西郷南州・勝海舟会見の図」の壁画です。

当時、人口100万人を超える世界最大規模の都市であった江戸とその住民を戦火に巻き込まずにすんだことは、江戸開城の最大の成果であったといえます。

壁画はJR田町駅・三田口(西口)エスカレーター付近にあります。

 

西郷南洲 勝海舟 會見之地

田町薩摩邸(勝・西郷の会見地)第一田町ビルの脇に西郷南洲 勝海舟 會見之地の石碑があります。この地で官軍の江戸総攻撃前夜、西郷と勝海舟が会見を行ったとされています。

石碑の下には「勝・西郷会談」のレリーフと「芝三田二本榎高輪邉繪圖」の図が描かれています。

「勝・西郷会談」のレリーフ   芝三田二本榎高輪邉繪圖

 「勝・西郷会談」のレリーフ

 

 芝三田二本榎高輪邉繪圖

この蔵屋敷(現在地)の裏は、すぐ海に面した砂浜で、薩摩藩国元より船で送られて来る米などは、ここで陸揚げされました。
現在は鉄道も敷かれ(明治5年)、更に埋め立てられて、海までは遠くなりましたが、この附近は最後まで残った江戸時代の海岸線です。
また人情噺で有名な「芝浜の革財布」は、この土地が舞台です。

 西郷南洲 勝海舟 會見之地 マップ

 

薩摩屋敷跡

薩摩屋敷跡の碑NEC本社ビルの近くに薩摩藩の上屋敷(かみやしき)がありました。「薩摩屋敷跡」の石碑は、ビルの側面、植え込みの中に建っています。
島津斉彬(なりあきら)が生まれ、江戸に上った篤姫が最初に住んだ屋敷でもあります。しかし、安政の大地震で被害を受け、斉彬や篤姫は渋谷藩邸に移り、篤姫はそこから嫁ぎます。慶応3(1867)年には薩摩藩が焼討ちされ、この事件が明治維新動乱の発火点になるのです。

 薩摩屋敷跡 マップ

 

東京タワー

東京タワー東京のシンボル・観光名所として広く親しまれている東京タワー。JRの最寄駅は田町のおとなり『浜松町』ですが、田町駅からも徒歩で訪れることが可能です。

2010年3月29日、当時建設中の東京スカイツリーが高さ338mに到達したため、「日本一高い建造物」の座はスカイツリーに譲り渡しましたが、今なお東京のランドマークとして人々に愛され続けています。

 東京タワー マップ